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ウィーン・フィル・ニュー・イヤー・コンサートを見た

今年(2008年)のウィーン・フィル・ニュー・イヤー・コンサートはジョルジュ・プレートルさんの指揮でした。
例によってアンコールの円舞曲「美しく青きドナウ」の前に指揮者の新年の挨拶が入りましたが、最近の傾向と異なって「あけましておめでとう」のみの簡潔なものでした。
このところ、世界平和を祈念する短いスピーチが入ることが多かったような印象があるので、逆に少し意外な感じがしましたが、本当はこれで十分なんだな、とも思いました。

平和を祈念する、これは大事なことではありますが、過去何十年、あるいはおおかた一世紀に亘って世界中で祈られて来たにもかかわらず、世界は平和になっていません。
ただ祈ったり、手をつないで行進したりするというのは、世界平和実現のためには実は有効な方法ではないのではないか、とも思えるほどです。
もちろんそういった運動がなければ、もっと悲惨な事態になっていたかもしれませんが。

「ブロークン・ウィンドウズ理論」というのがあります。
割れた窓を放置しておくと、その周りの窓も割られるようになり、状況はどんどん悪化していく、というものです。
たとえば街のたった一つの落書きを消さずにそのままにすると、いつのまにか街は落書きだらけになり、荒んだ光景が軽犯罪を生み、さらにその中から凶悪な犯罪も生まれていきます。
どんな凶悪事件もいきなり生まれることはないのです。
落書きのようなものを底辺に、その上に軽犯罪、さらにその上に凶悪犯罪、というようにピラミッドのような構造が生まれていく、というのです。
ピラミッドは底辺が小さくなれば、頂点が低くなる、つまりピラミッド自体が小さくなります。
軽犯罪を減らせば、さらには落書きを徹底的に消してしまえば凶悪犯罪も起こらないのではないか、というわけです。
ニューヨーク市の地下鉄の落書きと危険な治安状況はよく知られていました。
警察が必死に凶悪犯罪を取り締まってもなかなか効果は上がりませんでした。
ところが落書きを丁寧に消していったところ治安は多いに改善されたと言います。
ピラミッドが小さくなったのです。
この理論を実地に適用して成功した例として知られています。
以前、NHKの「ご近所の底力」でも街を挙げて落書きを消していく活動が紹介されていました。
実際、落書きのまったくない所に落書きをしたり、ゴミがまったくないところにゴミを捨てる、というのは心理的にかなり抵抗があるものです。

話は戻って、世界が平和にならないのはなぜなのでしょう。
われわれ市民一人ひとりの祈る気持ちや平和運動(デモのような)が足りないからでしょうか。
ちょっとうまくつながらないかもしれませんが、上に挙げた理論とそのピラミッド構造を考えてみましょう。
頂点が戦争・紛争、あるいはテロです。
これは相当巨大なピラミッドになりそうです。
中腹に来るのは民族、宗教、国家間の対立や反目でしょうか。
底辺に来るのは何でしょう?
様々な歴史的要因があるのは確かですが、より現代的視点で見れば経済的側面をクローズアップせざるを得ません。
端的に言えば、構造化された貧困、といったところでしょうか。
世界経済に否応なく巻き込まれ、単一の商品作物の生産を求められるがために常に食糧危機にさらされてしまう地域。
あるいは多数派の民族によって力ずくで住んでいた地域を追われ、貧困に喘ぐ人々。
これらの事態に追い込まれた人々が自力でそこから抜け出すことは尋常の方法では不可能です。
絶望からテロに走る人々も出てきます。
この底辺を小さくする努力をせずに、ただただ「テロ撲滅」「テロを許さない」「テロ対策」と叫んでみたところで、先に挙げた「落書きを消さずに凶悪犯だけを追いかける」のと同じで、解決にならないのではないか、と思えるのです。
生まれながらにしてテロリストという人など存在しません。
ピラミッドを小さくしていけばテロリストも初めから生まれ得ないのではないかということです。

極端なことを言うと、隣国の国民を拉致するような国家も、貧困を解消してやれば存在し得なくなるのではないでしょうか。
こちらの国民感情としては経済制裁をしたいところですが、これではますます相手を貧困にしてしまいます。
むしろ相手が驚くほど(嫌がるほど?)大量の物資を送って支援してやり、自力で食糧や商品を生産できるようにしてあげるというのはどうでしょう。
隣国の国民を拉致、それも国家が自ら行うという行為は相当すごいピラミッドの頂点です。
それでも底辺さえ削ってやればそんな行為にまでは至らないと思えるです。
もっとも、このような方策を実行に移すには国民の理解を得にくく、政治的には恐ろしく困難だとは思いますが。

おっと、いったいここは何のブログなのでしょう。
本当はニュー・イヤー・コンサートのNHKの放送でゲストの黒柳徹子さんが「いつもヨーゼフ・シュトラウスがたくさん混じっていて残念だったけど、今年はヨハン・シュトラウスが多くて嬉しい」と言っていたのを非難しようと思っていたのに。(となりにいた堀内修さんが「本当はヨーゼフの方が才能があった、と言う人もいます」とフォローしていました。)
ともあれ、ときどき変に硬派になるヨハン・ミズヴィッチは今年も元気であります。
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タグ: 音楽 クラシック ウィーン・フィル ニュー・イヤー・コンサート 拉致問題

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プロフィール

ヨハン・ミズヴィッチ

Author:ヨハン・ミズヴィッチ
33歳にしてクラリネットを始める。
楽器仲間のあらゆる編成に合わせて編曲してしまうのが趣味。
巷にあふれるBGMが大の苦手で、もっと生演奏が街中で聞かれないかと願っている。
その反面、iPod nanoのヘビーユーザーでもある。
最近は4コマ漫画執筆に熱中。

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